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14年2月号の特集

今回はアクセスの現事務局長、野田さんのインタビューです。
インタビューでは普段の講演などでは聞けないような苦労話も伺いました。その内いくつかを厳選してお届けします。
この記事でアクセスをさらに身近に感じていただければ嬉しいです。
                                          -広報委員会一同
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野田 沙良(のだ・さよ)
NPO法人アクセス 事務局長・理事
1980年生まれ。大学4年生よりアクセスのボランティアとして活動。一般企業に就職後、2年間アクセスフィリピンでインターンとして活動。帰国後2007年より職員となる。2011年、事務局長に就任








1. アクセスに関わるきっかけ、野田さんも普通の大学生だった!?
―なぜ野田さんはアクセスで活動するようになったのですか? 
 高校生の時に国際協力をしたいと思って大学に入ったのですが、最初の2年間はロックバンドの追っかけばかりして、全然国際協力活動をしていなくて…。国際協力の仕事に就職したいと思ったんですけど、新卒ではそのような仕事にほとんど就けないと分かったので、まずは何かしらボランティア活動をしてみようと思ったのがようやく大学4年生の初めでした。それで色々な国際協力系のイベントを探してぱっと目に付いたのが、スモーキーマウンテンで暮らしている人たちの生活を撮ったドキュメンタリー映画「神の子たち」の上映会。実際観てみると予想もしないくらい衝撃的な内容でした。それで、その上映会の主催者だったアクセスでボランティアとして活動するようになりました。

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   野田さんが初めてスタディーツアーに参加したときの様子

 ―現在多くの学生たちがスタディツアーに行って衝撃を受けて帰ってきますが、野田さんは初めてフィリピンに行かれた時、そのような衝撃を受けた経験はありましたか?
 ありました、確実に。私があの時感じたのとほとんど同じことを、参加者の皆さんは経験していると思います。私がはじめてフィリピンに行ったのは大学4年生の夏のツアーだったんですが、2日目に行ったアペロクルスという川沿いのスラムへの訪問が私にとってはすごく印象が深くて。言ってしまえば不衛生で、川も一面ごみで埋まっているような状態だし、路地の上で洗濯しているし、水浴びしているし、ご飯を作っている。ありとあらゆることが路上で行われているので、それらすべての匂いが一緒くたになっていて、それがすごく衝撃的だった。それから、「神の子たち」の映画では、貧困地区の人たちは常に絶望しているという風に描かれていたんですよ。だから暗いところだろうなというイメージで行ったのに、全然そうではない。明るくて笑顔あふれる子供たちの様子が逆に衝撃的だった。貧困のイメージが変わりましたね。
 自分の中で葛藤もありました。日本で暮らしてきた自分からしたらすごく不衛生に思える状態の路上で裸で遊んでいる子どもたちが、私と遊ぼうと言ってくる。その子たちに対して、抵抗を感じてしまう自分がもどかしいというか。私はこの子たちとちゃんと人として接したくて来たのに、抵抗を感じてしまっている自分が嫌だとも思うし、すごく色々葛藤しましたね。でも現地の皆さんは日本人が来たと明るく迎えてくれるので、それにすごく救われました。私自身はとてもいい時間をツアー中に過ごさせてもらったので、そのおかげではまっちゃったという感じ。その時その時感じたことを、一緒に参加した人たちと思いっきり議論して語り合えたのも、すごく面白かったですね。ちょっと遠い昔すぎて、それくらいしか思い出せないですけど(笑)。

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         川沿いのスラム・アペロクルスの様子

2. 2年間の現地滞在、行ったからこそ分かったこと
―野田さんは企業で2年間働かれた後、2年間インターンとしてフィリピンに滞在されています。その期間中自分が役立ったという実感はありますか?
 うーん、私個人が役立ったかどうか実感がないんですよ、正直言って。ただ私と他のフィリピンのスタッフ、日本の会員や支援者の皆さんとで協力してお金を集めて、一緒にみんなで計画を作って、そしてその計画を実行したことによって、フィリピンの人たちの役に立てたという実感はあります。でも、私ひとりの行為で、役に立てたかというと、そういう実感はないですね。

―では逆にこういう苦労が後につながっているといった経験はありますか?
最初コミュニティに入ったら、私のことをマムとか呼ぶ人もいるんですよね、「奥様」といったニュアンスで。でも私は当時20代でその相手の方が40代で年上だったりするし、「そんな呼び方しないでください」、「申し訳ない」という感じでしたけど、向こうからしたら、先進国から来た外国人、大卒で英語も喋れる。しかもNGOの人が来たってことで、私を持ち上げたりとか、目上の人として接してくる人もいました。NGOの人は支援をする側で、住民はされる側っていうのもあるので、最初から本音でしゃべってくれる人は少なくて…。特に支援を受けている人たちは、こんなこと言ったら支援はなくなるかもしれないから、本音は置いといてってところが多少あるんですよね。こちらが「教育支援をしよう」という心づもりで住民の人にインタビューをすると、本当は保健衛生が一番必要だと考えていたとしても、支援してもらうチャンスを逃したくないから、「教育が一番必要です」って答える人もやっぱりいるわけです。でもそうじゃなくて、本当の本当の本音を話して、一番ベストなありかたを議論できる関係づくりが、何より大事なんだなってことを体感して、そういう信頼関係が築けたらなっていうふうに思ったんです。そういうことは、行かなかったら、絶対分からなかっただろうなと思います。

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インターン中、支援地であるアペロクルスの住民たちに囲まれる野田さん

3. 野田さんにとって”世界を変える”とは
―野田さんの中で、“世界を変える”というのが活動の中でキーワードになっているように思うのですが、野田さんはどんな時に世界を変えていると実感しますか?
 私にとっては、毎日がそうです。以前は、ニュースでやってることは、遠い話、政治家の人たちが決めることという感覚でした。でもアクセスで活動してからは自分の集めたお金で1人の子どもが学校に行けたとか、全然仕事がなかった家庭が養豚やフェアトレードで生活が改善したとか、問題を認識して、何もしなかったら何も変わらないけれども、行動すれば何かが少しずつ変わる。それを実感してからは、それを伝えることが私の仕事。スタディツアーに行った人が何か行動し始めた瞬間なんかは、はっきり分かりやすいですね。よし、これで世界を変えようとする人を増やせた、ってすごい達成感です。最近でいうと台風の被害の現状をホームページに載せて寄付を呼びかけると、「寄付しました!」というメールが来たり。これでまた一歩進めたな、と。あらゆることがそう感じる瞬間です。
 そういう小さい積み重ねでしか世界は変わらない、よくなっていかない、と思っています。産業革命の頃、児童労働は当たり前だった。それを問題だと言った人は普通の雑談から始まったと思うんですよ。それがだんだん大きくなって、世界中で児童労働がいけないってことが常識になっていった。一つ一つの行動の積み重ねで世の中の常識が変わっていく。今は貧困が当たり前、でもいずれそれはないのが当たり前になっていくと信じたい。

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2012年アクセス大忘年会にて、「あなたがアクセスと関わり続ける理由」を答える野田さん

”エンパワメント”難しいけど大切なこの言葉について・・・
―「エンパワメントって何ですか?」という質問はよくあると思うのですが、野田さんにとってエンパワメントされている人ってどういう人ですか?
私は、社会とか、自分の身の回りの問題を、自分たちの力で変えられると信じて、行動できる人だと最近は思うようになりました。そこにある問題を誰かに解決してもらおうとただ待っているんじゃなくて、自分で解決しようという意識をもって努力ができたり、周りの人に助けを求めたり、協力ができたり、話し合って解決策を他の人と一緒に生み出せたり。議論できるだけじゃなく、実践する行動力をもっている。失敗してもそれを振り返ってもう一回、今度はこうやってみようとできる人。そういう人なんじゃないかなと思います。

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         広報委員会によるインタビューの様子
―エンパワメントが進んだなぁと実感した事例はありますか?
 はっきり事例としてわかりやすかったのはピナツボ地区。91年にピナツボ火山が噴火してから、ミトラ地区では小学校が16年間なかった。アクセスの支援者がお金を作ってくださって学校を建て、1、2年生が開設できるようになったのですが、最初はみんな受身というか、ただ子どもたちを通わせるだけでした。でもアクセスが保護者会を作って働きかける中で、「先生がもう一人ほしい」、「他の学年も開設したい」という共通の願いが表に出てきて、その願いを保護者の間で話し合うようになった。それから保護者達が村長や教育省などの行政に、先生も教育省に働きかけるということが起こって…。みんなで協力し、日本からも支援したことで、行政を動かし先生が増えて、今は小学校5年生まで受け入れられるようになってきました。
NGOの活動だけで何かが達成できたというのは基本的にはどこの社会でもありえないと思います。わたしたちが学校や保護者会を作ったり、保護者会で集まって話し合う場を作るような働きかけをして、その中で住民の人たちの秘めていた思いがだんだん表に出てきて、行動となって初めて実現されたことなんです。ピナツボでは、子どもたちの数が最初50人くらいだったのが今では120人くらいが通っていて、すごい活気のある小学校になってきました。保護者たちも最初はあまり日本人に対して話しかけてこなかったのが、前回行ったときには、保護者会活動を写真入りの学校新聞のようなものを作って説明してくれるようになっていて、本当にすごい変化だと思いました。
 でも、エンパワメントというのはフィリピンの貧しい人の話だけではないんです。日本にいる私たちも、問題に気づいて、それを解決するために行動したり、仲間と協力する、“エンパワメントされた人”にならなきゃいけないと思うんです。スタディツアーに参加した人々が現地を支援するためのチームを発足させてきたことなんかも、自分たちで何か解決できると信じて行動した例ですよね。アクセスの活動はそうした「エンパワメントされた人たち」を増やすことだし、そうした人たちが協力し合って自分のできることをする。そうやって作られていくものだと思います。

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    ピナツポ地区の小学校で行っている保護者会の様子

5. 野田さんの夢について
―最後に野田さんが今後やってみたいこと、かなえたい夢はなんですか?
 今のアクセスの骨組みはアクセスに長く関わってきたメンバーが作り上げたもので、これまで私はそれを新しいボランティアの人たちに翻訳するような感覚でやってきました。これからはその骨組みを、よりわくわくするようなものに新たに作り直していきたいという気持ちがあります。それを「事務局長がやってくれること」っていう風に任せずに、ボランティアのメンバーや、会員として関わってくれている皆さんにもどんどん関わってきてほしいという風に思っています。私にとってアクセスは人の役に立てるだけじゃなくて、いろんな気づきを得て自分も成長できる楽しい場所です。だから色んな人が無理なく入ってこられて、関わった人たちが楽しみながら人の役にも立てて自分も成長できる。社会を変えるために一生行動し続けるような人になっていく。そんなアクセスを作るのが私の夢です。

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アペロクルス・ペレーズ支援チームのメンバーと現地を訪れたときの様子
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プロフィール

NPO法人アクセス

Author:NPO法人アクセス
フィリピンと日本で貧困問題に取り組む、国際協力NGOです。

〒612-0029
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村井第一ビル2階7号室

TEL 075-643-7232
メール acce@sannet.ne.jp

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